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更新日:2018年3月15日

男女共同参画作文コンクール優秀賞作品

未来を担う若者たちに、自分らしく輝く夢や希望を見つめ、考えてもらうため、「今思うこと、出来ること」をテーマに「男女共同参画作文コンクール」の作品を募集しました。中学校から246点、高等学校から29点、計275点の応募をいただきました。応募作品は、厳正な審査により、優秀作品が選考され、2月24日の第16回郡山市男女共同参画フェスティバルのオープニングセレモニーにて優秀賞作品の表彰を行いました。今回、各部門の最優秀賞及び優秀賞に輝いた5作品についてご紹介します。

中学生の部

最優秀賞

今思うこと、出来ること

郡山ザベリオ学園中学校1年 阿部 夢

 「耳の聞こえない人にとって、聞こえないということ以外で、不自由に思うことや大変なことは何だと思う?」
と、祖母に言われて考えた。音や音楽が聞こえない大変さしか思い浮かばなかった。
「耳が聞こえないことが、外からは見えないということ。」
と、要約筆記者として、耳の聞こえない人や聞こえにくい人への支援活動をしている祖母が教えてくれた。例えば、いざという時のアナウンス。本人は聞こえない。でも、聞こえないことが、周りの人には分からないから、教えてあげられない。障がいがあることを気付かれないという点ではいいのかもしれない。でも、大切な情報が届かないことにもなりうる。命に係わる情報かもしれない。それが祖母の言う、聞こえない人の大変さだ。
 母は、私が生まれる前から、腎臓の病気と闘っている。毎月の検査も毎日の薬も欠かせない。私が幼稚園の時には入院もした。現代の医学では、透析か臓器移植以外に治療法はないという。タンパク質や塩分制限があり、運動も制限され、人一倍疲れやすい。でもこれは、家族や友人など限られた人しか知らない。外での母は、元気だし、明るいし、見かけは普通だ。だから、母の病気を知らない人は母の大変さを知らない。母の病気も、見えない病気と言えそうだ。そう母に話したら、「腎臓が悪いって分かってもらった方が、断る時や休みたい時に、楽なんだけどね。」
と、母は笑って言った。
 実は私も、見えない病気を抱えている。生まれてすぐからのアトピー性皮膚炎と喘息、そして食物アレルギー。アトピー性皮膚炎は定期的に検査して塗り薬と飲み薬が欠かせない。喘息は、体調が悪い時や気圧の変化で発作が出るので、その時に対応できる準備がしてある。食物アレルギーはここ数年でひどくなり、今は、牛肉も鶏肉も豚肉も、鮭も秋刀魚も鮪も食べられない。成長期の私に、どうやって栄養を摂らせるか、母は頭を悩ませている。外食もできない。このことも限られた人しか知らない。
 母の病気を知り、生まれてすぐから病院通いをしていたこともあり、幼稚園の頃には医師になりたいと思っていた。今は、生まれた時から診て下さっている主治医の先生の影響で、小児科の医師になりたいと思っている。
 祖母から聞く障がいのある方の話は、どんな医師を目指すかを考えるヒントになる。障がいは、見えないから生活しやすい、見えないから分かってもらえない、という両面がある。『見えたことだけでは決められない。』これは病気を診る医師にも言えることだ。
 中学生の私に今できることは、医師になるために勉強することだ。さらに、見えない障がいや病気にも心配りができるような医師になれるよう、心も成長していきたい。

優秀賞

「一人一人が輝ける社会へ」

郡山ザベリオ学園中学校1年 工藤 みなみ

 私の学校では、九月に輝跡祭という行事が行われました。輝跡祭では合唱コンクールやザベリオスポーツカップがあり、とても盛り上がりました。私のクラスでも、男女関係なく意見を出し合い、協力して全員で決めた曲を歌い切ることができました。
 この行事を成功させることができたのは、「全員の協力」があったからだと思います。男子だから、女子だから、と周囲に壁を作ってしまっては、絶対に楽しめない人が出てきてしまいます。みんなで協力するためには、壁を作らないことが一番大事だと思います。
 また、そのことは日常でも大切になってくると思います。年齢が上がってくると、どうしても女子だけのグループや男子だけのグループを作ってしまいがちです。また、男子と女子が仲良くしていても、それを冷やかす人も出てきます。しかし、そんなことをしていては同じ人としか話さなくなってしまうし、自分の意見も深められません。せっかく周りにたくさん人がいるのに、いつも同じ人としか会話しないのはとてももったいないことです。だから、自分の世界を広げるためにも、男女関係なく話してみるといいと思います。
 社会には、まだ「男女の差」が残っています。例えば、議員の数は男性の方が多いです。少しずつ女性の意見も取り入れられるようになってきてはいますが、まだ平等にはなっていないような気がします。議員は、国民を代表して世の中を良くしていくために意見を交換する人達です。だから、男性と女性の違いは気にせず、平等に意見を聞き合うことが大切だと思います。
 一方で、女性でも大活躍していた人もいます。例えば、登山家の田部井淳子さんです。田部井さんは、女性として世界で初めて世界最高峰エベレストおよび七大陸最高峰への登頂に成功したことで知られています。このように、昔は弱い立場に置かれていた女性も、歴史に名を残していたのです。これからも田部井さんのように、色々なジャンルで男女関係なく活躍できる世の中になっていってくれるといいと思います。
これからの時代を作るのは、私達です。私は、いい世の中というのは、「みんなの意見を聞き入れる世の中」ということだと思います。クラスでも同じです。同じ人の意見ばかり聞いていては、「みんなのクラス」にはなりません。自分の壁を壊し、自分の世界を広げるには、まず身近なところから。周りの人とたくさん触れ合うことで、人との関わり方も学べると思います。みんなが楽しみ、満足し、自分の夢を追いかけられるように、私は色々な人と関わっていきたいです。また、そのことをみんなに呼びかけ、いつか社会を背負う時代が来たら、一人一人が自分の意見を主張し、輝ける社会を作っていきたいです。

「私が今考えできること」

郡山市立緑ケ丘中学校1年 松﨑 萌香

 11月の終わりに母から、「今年の年越しは一緒にいられないけど、大丈夫だよね。」と言われました。毎年一緒にテレビを観て笑ったりして過ごしていたので、私は母に「なんで、お母さんが勤務表を作るのにお休みじゃないの。」とさびしい気持ちもあり、言いました。母は、「毎年誰かがやってくれていたんだよ。萌香も大きくなったし、もっと小さい子供がいる人にお休みをあげる事にしたよ。」と言いました。母の言う事に、一旦は、納得しましたがなんだか気持ちが晴れませんでした。母は看護師をしています。お休みは不規則なので、遊びに連れて行ってもらえなかったり、夜中にお仕事に行ったりと小さい頃からさびしい事がたくさんありました。今回もそんな気持ちを抱えて冬休みに入りました。
 冬休みの宿題に職業インタビューという宿題が出されました。私は、母にインタビューをしました。母は、今年で看護師として22年目を迎えます。学生時代、社会に貢献できる仕事がしたいと考え、看護師になりました。不規則な勤務形態で忙しく、特に女性は結婚や出産、子育てなど生活様式の変化から働き続けることが難しい職場です。そのためずっと現役で働き続けてきた事は、母の誇りだそうです。働き続けられたのは、家族はもちろんですが一緒に働く先輩や後輩が支えてくれたからで、今度は母が支える番だと言っていました。超高齢化社会を目の前にして看護師不足は大きな問題なのだそうです。若いお母さん方が働きやすい職場環境を目指したいそうです。その事を聞いて私は、年越しを母と一緒に過ごせないけど、誰がを支えることにつながるのだと納得することが出来ました。また、この長い間には、辞めたいと思った事もたくさんあったそうです。でも、それ以上に多くの患者さんの人生に寄り添えたこと、人生の節目に立ち会えたこと、その一人一人から多くの事を学び、教えてもらい、またがんばろうと思えたそうです。いつも一緒にいるのに、私の母の知らない部分がたくさんあるのだと思いました。
 私は、母のインタビューを通して、私も社会に貢献できる人になりたいと思いました。そのために、今の自分に出来ることは勉強や多くの人の意見に耳をかたむける事なのだと思います。なぜなら知識を身につけることは社会に役に立つと思ったからです。そして人の意見を聞くことは、多くの経験をしてきた方が、体験して感じた事を聞く貴重な機会だと思うからです。将来の目標は、まだはっきりと決まっていませんが大人になったら、誇りを持てる自分でありたいです。

高校生の部

最優秀賞

叶えるために

今泉女子専門学校高等課程2年 大藤 里純

 私は将来、服飾の仕事に就きたい。デザイナーやパタンナー、販売・スタイリスト等様々な仕事があるが、今、一番やりたいのは縫製の仕事である。学校でデザイン画を描く機会がよくあるが、やはり縫うのが一番楽しくて、テレビなどで縫製の仕事の映像を見ると、凄くワクワクした気持ちになる。インターネットで調べてみると、縫製を担当する人は「ソーイングスタッフ」と呼ばれ、「とてもやりがいを感じる仕事」と書いてあった。私は幼い頃にずっと着たかった可愛い服を着た時の嬉しさを今でもはっきり覚えていて、服で人をこんなに幸せに出来るんだと感動した。それを機に、私も服で人を幸せにしたいと思い、将来の夢が決まった。私もいつか、服を作ってやりがいを感じる仕事をしたい。将来の夢を叶えるために、今出来ることは何か、改めて考えてみた。
 まず一つ目は、学校の授業に真剣に取り組むこと。私は今、今泉女子専門学校という服飾の専門校に通っている。基礎から丁寧に教えてもらえ、発表の場も多く毎日がとても楽しく、皆張り切って日々学んでいる。授業は真剣に取り組むことが当たり前かもしれないが、集中し続けるのは案外難しかったりする。一つ一つ丁寧に作り上げれば、その分技術も高まるだろうから、自分に甘えずしっかり縫っていきたい。この学校では、十分間、運針をしたりまつり縫いをする時間がある。毎日の積み重ねで、自分自身も技術の成長を感じる時があるが、この十分間を大切にして、より成長を感じるようにしていきたい。
 二つ目は、ひたすら縫いまくること。デザイナーの志賀亮太先生がフランスから学校にいらして、ファッションについて様々な話を聞く機会がある。そこで、縫製の仕事に就くにはどうすれば良いか質問したら、「ひたすら縫うことが大事」と言われた。ファッションの世界では技術が求められるから、今から沢山縫って経験を積んだ方がいいらしい。学校の課題やイベント作品以外で、自分から縫うのはあまりやっていなかったので、この言葉を言われた時、ハッとした。今家には、着なくなった服が沢山ある。それでリメイクしてみようと思った。ただ決められたものをこなして満足するだけではなく、自分から行動して、自分で課題を作ることの大切さに気付くことが出来た。今のうちに数多く縫えば、必ず将来役に立つだろうから、言われた通りひたすら縫いたいなと思う。
 この前祖母に、「将来、絶対上を目指す。」と言った。アバウトだが、ずっと同じ場所にとどまらず、どんどん上に行くような人になりたい。言ったからには叶えたいし、この気持ちを忘れずに頑張りたい。まずは今出来ることをして、未来の夢に近づいていき、実現の日を迎えたいと思う。

優秀賞

今思うこと、出来ること

第一学院高等学校郡山キャンパス2年 本多 淑葵

 ぼくは今介護の仕事を目指したいと考えています。そのきっかけはお年寄りとふれ合うことが好きだからです。
 ぼくは小さい頃、母が仕事をしていたので祖父母に育てられました。一緒にお風呂に入ったり、おやつに蒸しパンを作ってもらったり、幼稚園バスの送りむかえをしてもらったりと、思い出はたくさんあります。
 しかし、そのうちに祖父母が体が弱くなりました。そんな時に祖父母は「よしくん、ありがとな。」と言ってくれました。ぼくはその言葉を聞いて何だか大人になったような気がしてとてもうれしい気持ちになりました。祖父母のためにできることをしたいと思い、出来ることをしてきました。
 中学校二年生の時の職場体験では、老人ホームの「陽だまりの里」に行きました。そこにはたくさんのお年寄りがいました。そしてぼくはうでずもうをしたり、話をしたりしました。お年寄りの方は喜んでくれました。たった二日間の体験でしたが楽しかったです。この体験をしてからぼくは、将来介護の仕事をしてみたいと考えるようになりました。
 高校に入って親せきの人から、介護の話を聞くことがあり、高校生でも受けることのできる研修があることを知りました。ぼくはそれを受けてみたいと思い、申し込み、福島に行きました。その研修の内容は、車イスを押して外を散歩したり、ベッドから車イスに移したりすること、又、おむつ交換、食事のお世話、入浴の手伝いなどです。ベッドから車イスに移す時には、利用者さんに声をかけながら、できるだけ自分の力で移動できるように補助するということを学びました。介護というのは、何でも手を貸すのではなく、利用者さんの自立を助けるものだと分かりました。この研修を通して、僕はますます介護の仕事をやってみたいと思う気持ちが強くなりました。
 僕は今、高校を卒業したら介護の専門学校に行きたいと考えています。いろいろなことを学び、将来、介護の仕事に生かしていきたいからです。専門知識を学び資格を取りたい。そのために、今は漢字検定の勉強をしたり学校の勉強を一生懸命やるようにしています。
 そして、多くのお年寄りや体の不自由な人たちのために役立つ人になれたらいいなと思います。

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